松喜屋弁当

先日、横浜市内の書店に立ち寄ったところ、昭和30年代前後の横浜市内を撮影した写真集が並べられていまいた。

近くには、その書籍に掲載されている写真をのせたポスターが貼られていて、私が子供の頃の横浜伊勢佐木町通りの風景などが写っていました。

...で、その写真集を眺めながら思い出したのが、伊勢佐木町にあった3松喜屋デパートの食堂で食べた、「松喜屋弁当」です。

昭和40年代、当時小学生の私は伊勢佐木町の隣町である曙町に住んでいて、母や祖母に連れられて、伊勢佐木町商店街によく行きました。

もう50年近く前の事ですが、その頃の記憶は、結構残っていて、特に食べ物の記憶は鮮明で、「松喜屋弁当」もその一つです。

当時の松喜屋デーパートの4階か5階に食堂があって、階段を登り切ったところに、大きなガラスウィンドウがあって、そのなかに食事見本(模型)が入っていました。

一緒に行った母と祖母のお気に入りは、この「松喜屋弁当」で、松喜屋に行くといつも食べていました。確か二段重ね?の黒い木製弁当箱に、肉団子などのおかずと白米で、値段は100円台だったと思います。

このほかに、松喜屋デパートの食堂には、Aランチ、Bランチとかがあって、今で言うハンバーグランチですが、ポタージュスープ、ハンバーグ、ライス、で、210から230円程度だったと思います。...当時の物価から考えると、結構高価なように思います。

...で、私はこのポタージュスープに付いてくるクルトンが大好きで、親にポタージュスープをねだっていたと思います。...懐かしいですね。

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当時の伊勢佐木町には、松喜屋デパートのほか、伊勢佐木町1丁目に野澤屋デパート、松屋デーパートがあり、野澤屋デパートには2種類の食堂があり、その隣の松屋デパートにも食堂がありました。そしてその前には、丸ごとのチキンをクルクル回しながら売っていた不二屋がありました。

伊勢佐木町商店街のはずれに、都亭という洋食屋さんがあったのですが、ここのオムライスはおいしかったです。

...成人してからも、勤務した司法書士事務所が曙町にありましたので、昼食は伊勢佐木町で、いつかこのブログにも書いた、ボストングリル、喜楽(きらく)、蛇の目食堂などに行きました。いまでも、その頃の味は覚えています。...うまかったですね。

[てるてる行政書士事務所]
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